このブログについて 

管理人masakiがいろいろ書いています。近況+イラストが多め。
コメント返信は、コメントをいただいた記事にて。

完結済み小説→アルファポリス / 連載中小説→小説家になろう / イラスト→pixiv

※追記は拍手コメント返信です。
※16/8/30 一年以上更新がなく、また更新の見込みもないブログを対象として、リンク整理を行いました。
※17/6/19 しばらく返信が滞る可能性が濃厚になってしまいましたので、一時的にコメント欄を閉鎖しました。
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thread: 管理人からのお知らせ  -  janre: その他

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7/22 

この前更新したばっかりな気がしますが、ブログの更新頻度上げたいなー!という気持ちと、しばらく更新できるかわからない状況になるから更新しておきたいなー!という気持ちでの更新です。毎年、夏休みの足音が聞こえてくると同時にやたら忙しくなるんだよなあ。

創作の方は、ただいま連載中の長編『沈む都の大魔術師《ソルシエール》』の更新をいったん休止して、別件の短編を書き進めているという状況です。前々から完成させたいと思っていた短編を〆切に合わせて練り上げるという作業で、話のまとまらなさと文字数の多さ(二万字↑)にかなり手こずっていたりしますが、なんとか仕上げたいので頑張ります。

忙しさにはまったく関係ないのですが、この前新しいノートPCを注文しました。メモリを8GBも積んだhp製のパソコン……ウフフ……25日に届くんです……めちゃくちゃ楽しみ……!!

……

▼スクショ風らくがき(イオ)
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前に描いた絵(※右)のリメイクで、定期的に描きたくなる羽根雲描きました。イオはいろんな意味でリッセとニコイチ(笑)なので、片翼だけ描いてあります。これくらいが画面がうざったくならなくてちょうどいい感じ。今回、ハイライトは面倒だったので描いていません。

▼イラスト過程まとめ
FotoJet.png
この前のスクショ風らくがきジェラールの過程まとめです。いつもだいたいこんな感じで描いています。

▼アニメ塗り絵まとめ
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機会があったのでまとめてみました。こうしてみると、結構彩度が低いですね……。


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7/17 

昨日、7/16は私と、拙宅屈指の「ヤバい人」ことアンヌさんの誕生日でした。
アンヌさん、描こう描こうとは思いつつ、絵を描くためのやる気がまったく起きなくて、結局何も描けなかったのがなんだか申し訳ない。本編を止めているせいで、ただでさえ描く機会がないのに。一応、個人的に好きなキャラクターではあるんですよ。夢中になってアラルエン戦記読んでたら誕生日当日になってたみたいなそういう話です。ふふ、アラルエン戦記はいいぞ。私やアンヌさんを祝うのはいいからアラルエン戦記を読んでくれ……。

話が逸れました。なんだっけ。そうそう、お話がないキャラクターに関しては認知されてなくても仕方ないっていう感覚(もちろん拙宅キャラに関してのみ)なので、紹介だけなんていう形を取りたくはないんだけど、私の復習兼ねてアンヌさんについて軽く紹介しておきます。
横着してツイートをそのまま引用してしまいましたが、だいたいこんな感じです。たぶん、本人が誕生日だと主張している7/16も、実は別の意味がある日なんじゃないかなあ。本編を書きはじめるときに、もっとちゃんと詰めようと思います。先は長いぞ……。

……

▼ここしばらくの絵(アルベリア師弟/しずみやキャラまとめ/四コマ/スタンプ風ジェラール/スクショ風ジェラール)
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最近は、それまであまり描く機会がなかったジェラールを描いた枚数が多かった気がします。2枚目以降全部の絵に入ってますね……。「片足が悪いせいで描くときに重心が取りづらい」だとか、「途中から眼帯になるからパーツが増えて書きにくい」だとか、「ぶっちゃけ特徴がなくて掴みづらい」だとか言われ放題のジェラールですが、一応主人公格なので、できる限り描いていくようにはしたいなあ。

▼らくがき(うちよそGIF/しはやお兄さん/カキド/イオ/フィクトGIF)
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GIFの2枚はクリックすると動きます。ちなみに『皇帝の翼』本編を非公開にしたのはマジの話で、これから書き直すしいいかな~と思って非公開にしたとかいう雑な理由だったりします。そのうち改稿しますが、これ何度目の改稿になるんだろうな。

▼アクキー案
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手慣らしのらくがきです。アクキーにはたぶんならないと思います(笑)

▼版権らくがき(明兄/アフナイデル)
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……

あまり大声では言えないのですが、近頃、人の評価に依存しがちなのが自分でもわかり始めて、これ結構深刻なのでは?とビビっていたりします。Twitterを中心に活動してると、レスポンスが速いですから、どうしても早く評価ほしい!見てもらえてるか知りたい!という気持ちになってしまうんです。もともとすごく神経質でもあるし、やっぱりSNS向いてないのかもしれないなあ。


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6/29 『花の都の大罪人』について 

2014年10月に完結し、2016年12月に同人誌化しました中編『花の都《フルーレリア》の大罪人』ですが、これまでこの物語についてあまり詳しくお話したことがなかった気がしたので、冊子版のギミック含め、この記事であれこれお話してみようと思います。




まず、フルーレリアというお話そのものについて。内容については言うまでもないと思いますので省略しますが、フルーレリアは、他の作品に比べると、最初に決めたフォーマットを徹底したお話だったりします。地の文の間に一人称文を挟むときは段落頭に「――」をつけることや、特定の副詞等をかならずひらがなにすることなどでしょうか。
加えて、本作は比較的戦闘シーンの多いお話でもありました。フルーレリアを書くに当たっての目標が、「魔法が出てこない、戦闘シーンの多いお話を書く」でしたので、それについては成功と言えそうです。お話自体が短かったのは、その長さで十分収まりきると判断したからでもありますし、これ以上引き伸ばしたら二人のうちどちらかがけがで死んでしまうかもしれないと思ったからでもありました。妖精女王の水鏡にたどり着いたときの二人は、それほどひどい状態だったんです。


フルーレリア冊子版は、文庫本サイズ、カバー・帯付き、本文二段組、108Pという仕様でした。文庫本サイズの小説本に憧れがありましたし、このサイズであれば一度作ったことがあったので、わかりやすくこのサイズを選んであります。ページ数もそれほど多くありませんので、持ち歩いて暇つぶしに読む、なんてこともしやすかったのではないでしょうか。
背表紙はむりに作らなくても良かったのですが、いつか新しく別のお話を製本した際、隣に並べて見栄えがいいようにと黒単色で制作しました。あとがきがカバー内に食い込んでいるのは、本文ページ数を抑え、同時に制作費用を抑えるためです。お手にとってくださった方はもうおわかりだと思いますが、カバーと表紙のイラストが差分になっておりますので、なんかこう、不穏なものを感じていただけたんじゃないかな。


別所でもすでにしゃべってしまったことなのですが、フルーレリア冊子版のおまけである「エイルの手紙」についても、ちょっと小ネタが仕込んでありましたのでご紹介したいと思います。

手紙本体を両面印刷にしたのは、黄ばみやシミといった紙の汚さを体感してほしかったからでした。紙がこれだけシミ付いて汚れていたり、折り目が雑だったりするのは、エイルの「抜けている」ところの表れです。本当は、字だってもっと手書きに近い(率直に言うと汚めの)フォントを選びたかったんですが、多くの日本語フリーフォントは文中のすべての文字には対応していない可能性があったので、大丈夫そうなフォントを選んだ結果、この形に落ち着きました。読みやすさで言うなら、こうして正解だった気もします。

文字が紺色なのは、エイルが使っているインク=向こうの世界での標準的なインク色が青~紺だからです。本文なら「……」と書くところを「・・・」としているのは実際にエイルならそう書く(実際は「...」に近いと思われます)からで、エイルがしゃべる口調に比べて文章が硬めなのは、エイル自身が話し言葉と書き言葉を多少区別して扱っているからだったりします。

もうひとつのおまけであるイラストカードは、WEBでは未公開のものです。これから公開する予定もありませんし、何よりエイルの手紙とセットでこそ意味がある仕様にしてあります。「手紙が確かに届いたこと」を、あのイラストから察していただければと思います。また、手紙の内容もWEBでの公開予定はありません。

ちなみに、エイルの手紙の封筒は、イラストカードに描かれている封筒とまったく同じものを使っています。「一番雰囲気が出る(気がする)」のと「汚れが目立ちにくい(私もエイルもずぼらなので梱包時に汚してしまう可能性がある)」という理由から、クラフト紙のものを選んだのはここだけの話。


そうそう、フルーレリアはあまりにもわかりやすいハッピーエンドだったのですが、違和感を覚えた読者さまもいらっしゃったと思うので、それについて少しお話したいと思います。

もともとのユニ・エイルの目的は、妖精女王の水鏡で「自分たちの罪を雪ぐ」ことであって、平和な異世界に飛ばされることではなかったわけです。彼ら自身が動いたからこそたどり着いた結末だと言っても、フルーレリアの終わり方って、彼ら自身が掴み取ったものというよりは「頑張っていい子にしていたらサンタさんが見ていてクリスマスにはプレゼントをくれる」とか、「魔法使いのおばあさんにドレスとかぼちゃの馬車とガラスの靴を与えられる」みたいな、そういうものなんですよね。

「情かもしれない。『大罪の器』だったこの身体を、疎んだのかもしれない。妖精女王の意図は理解できなかったが、温かく優しい新たな世界は、エイルが望んだものだった。」というところから、エイルの困惑が感じ取れます。ただ、「罪を雪ぐ」ことは大罪人として扱われる現状から抜け出せる唯一の手段(だとエイル本人は思っていた)だったので、結果よければまあよし、というところも大いにありました。どんな方法であれ、現状が変わればそれで良かったという感覚。

童話や昔話の多くには、自分たちを常に見ていて、罰したり恩恵を与えたりする何らかの「大きな力」の気配があります。登場人物たちの力が及ばないところを支配する何者か、それがこのお話における妖精女王です。彼らが大罪人というステータスを与えたのも、一方で彼らをそこから救い出したのも、この妖精女王でした。彼らは意外な形で自分たちの望む場所を手に入れましたが、それさえ彼ら自身の力ではないことを思うと、どこか腑に落ちないところがありますね。それがこのお話におけるハッピーエンドです。

ユニとエイルに私や読者の皆さまが声をかけるとすれば、「よくやった」というよりは、「これまでがんばった」だとか「よかったね」という言葉になるのではないかと思います。彼ら自身は自らの力では何も成し遂げられておらず、「努力は報われる」という教訓を体現するように、必死に戦って、大いなる何者かからの報いを授かったに過ぎないのですから。そういう意味で、このお話は「童話」と表現するのが最適だと私は思っていたりします。


※思い出したことがあれば、後々追記します。


category: 小話/作品について

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6/19 『星を待つひと』について 

本記事では、拙作『星を待つひと』を英訳してくださったLocksleyu様「日本とアメリカでは文化的に異なるところが少なからずあると思うのですが、『残夏』シリーズの中で特に日本的といいますか、文化的な違いを感じられた要素や考え方などはありましたか?」とお尋ねしたところ、『星を待つひと』に関するとても興味深いご回答がいただけましたので、そちらをご紹介しつつ、『星を待つひと』について少しお話しようと思います。


以下、水平線内は引用部になります。




1) 主人公が働きすぎて体調を壊してしまうところ。
僕は日本で働いたことがないので分かりませんが、日本人の友達などの話によりますと、日本では働きすぎというほどの残業、徹夜、過労死などが、社会問題と言えるほど、非常に多いらしいです。ちなみに個人的には、本職は週に40・50時間だけ働くようにしています。(60・70時間働くアメリカ人もいますが)


欧米の場合はわかりませんが、日本ではとにかくスピーディーに結果を出すことが求められることが多いように思います。そのため、叶えたい目標があったナオユキは、とにかく手早く・要領よくことを進めなくてはならず、短期に根を詰めすぎたことにより、彼自身の体力のなさが体に出てしまう結果になりました。日本の場合、不本意な過剰労働により体や心を壊す労働者が少なくありませんので、目標がある上で、自分の意志で働いていただけ、まだマシな方なのではないかと思うのですが……。


お話の中には書かれていませんが、ナオユキの職種は企画・営業系(文系大出身)だと思っています。定時が9:00~5:00、そこから残業をニ時間、自主残業として残業時間に換算されないサービス残業を数時間……というスケジュールを、少なくとも一ヶ月以上はしていたのではないかと……。こうして見ると、体力があっても体がもたなさそうなスケジュールです。


なお、今回のお話において、ナオユキが「目標をもって仕事に取り組んでいたのに、それを失った」ことは、ナオユキ自身の中にあった夢を受け入れるために用意された「心の隙間」であったりします。目標もなく働き(働かされ)、体を壊したという設定では、話の展開にそぐわなかったのですね。



2)イルカ狩り
最後の方にイルカ狩りの場面がでるのですが、以前から日本ではイルカ狩りをする村があるって新聞などで聞いていましたので、あまり驚きませんでしたが、アメリカではイルカってまるでペットみたいなイメージで、ペットを殺して食べるなんてぜったい無理だと思う人がほとんど、という気がします。
実は、『星を待つひと』をはじめて拝読した時、イルカ狩りのシーンまで読んだら、「やばい。。。これじゃ英訳書いたら文句言われそうだからやめとこうかな。。。」って思ってしまいました。しかし、最終的には「まあいいや」と諦めて、それでも訳してブログに載せました。文句ひとつも言われませんでしたが。
英訳については、なるべく原文の意味をそのまま英語にしたのですが、イルカの肉がお祭りに出るというところだけは少しカットさせていただきました。イルカ狩り自体は物語の大事な要素ですのでそのまま残しておきました。
ちなみに、生きて行くためならイルカでもどんな動物でも殺して食べるというのは、僕はごく自然だと思って、ぜんぜん構いません。


「イルカ狩り」……これ、実は私も非常に悩んだところでした。日本においても、うげっと思ってしまう方は少なくないんじゃないでしょうか。
国際的には捕鯨等も問題視されていますし、欧米ではそれがが標準的な感覚なんだと思います。イルカは見目もかわいらしいですし、高い知能を持っていることがわかっています。そんな動物を捕まえて殺すだけでなく、その肉を食べるなんて……。欧米の方からすれば、日本における「犬猫を食べるとかありえない」みたいな、そういう感覚なのかもしれません。日本では地域的に鯨肉を食用とする文化がまだ生きているので、ひとつの文化として許容する考え方をする方が多いのでしょう。

このようなご指摘をいただいておきながらこういうことを言うのはよくないかもしれませんが、イルカ肉、クセが強いらしいです。しかも、沖縄(※沖縄住です)でも食べられるとか……。身近にそういった文化が根づいていたことは知りませんでしたので、執筆後に知り、驚いた記憶があります。
一応、日本においてもイルカを狩るとか食べるとかいったことはスタンダードではなく、あくまで地域的な文化である、ということだけは申し上げておきたいと思います。


3)男同士の関係
実は、この点については自分がはじめて読んた時はぜんぜん気が付きませんでしたが、英訳を読んで下さった方から(英語で)「これってなんかBLっぽくない?」という感想を頂いて、よく考えてみたらまぁそういう風に捉えても可笑しくはないかという結論に至りました。 (BL=男性同性愛)
こういう要素は多分、アメリカにしても日本にしても以前よりも一般的に受け入れられるようになってきてるでしょうけど、少なくともアメリカでは多少きわどい(?)イメージはまだあるかと思います。そういう要素があるのを知ったら引く人もいれば、気になって読みたくなる人もいますので、一概には言えませんが。
これはあくまでも僕の個人的な意見ですが、やおいとか、アメリカより日本の方が、流行ってるような気もします。


こ、これは……!うーん、これ、なんとお答えしたらいいのやら……。そうかあ……やっぱりそう見えるかあ……。登場人物が男性二人のものを書くと、一度は言われるんですよねこれ……もう吹っ切れて自分でも言ってしまってたりしますが……。

えっと、男性が二人並んでいると、何の関係もなくてもカップリングに見えてしまうフィルターというものが世の中には存在しましてですね。今回のお話は心理描写が強めなのもありますし、二人の関係に運命的なものがあったこともあり、そういったフィルターを通して見れば「BLっぽい」という見え方になってしまうのでしょう。そういうことにしておきましょう……。


そういう見られ方が予想できたなら、なぜ片方を女性にしなかったのか、気になる方もいらっしゃると思うので、一応言及しておきますね。

ナオユキの方は、展開からして男性にせざるを得ませんでした。やや要領が悪く仕事一本なところもそうですし、正体の分からない何者かと裸の心で触れ合えるのは男性の方だろうという考えもありましたし、何より成人女性を夜の海に放り込みたくなかったんですね。そうじゃないだろう!という気持ちが自分の中にありました(笑) こういう点は、やはり書き手の好き好きなのかもしれませんが……。

また、ナナシが男性(オス?)になったのは、ナオユキの素の姿を出すためでした。二人の関わり方についてはともかく、相手が異性だったら、ナオユキの方もここまで自然に振る舞えなかったと思うんです。ナオユキが女性になっていたとしたら、ナナシも女性(メス?)に設定されていたかもしれませんね。ナナシに関しては、単純に、現代の砂浜に魔術師然とした男性がいる不思議な情景が書きたかったから、というのもあったのですが。


ちなみに私は、恋愛を描きたいのでない限り、基本的に登場人物は全員同性、それも男性に設定します。なぜなら女性には、女性にしかない独自要素が多すぎるためです。また、ファンタジー作品を書いているときは、「社会における女性の役割は、旅に出たり、剣を握って戦うことではないし、女性の造りはそれに適していない」という考え方を強く意識しているため、女性は冒険しないか、極度に振る舞いが男性に近い状態で登場することが多かったりします。

それは精神面も同じことで、少女はともかく(少女性ほど恐ろしくて手のつけられないものはないので、これはこれで扱いきれない)、物語における女性の心は「冒険しない」というか、現実主義であると私は考えています(あくまで個人的な考えです)。今回の主人公が男性であったのは、設定的に動かしやすかったからというのもあるのですが、「男性はいつまででも冒険できる、心に自由な郷がある」という考え方のためでもあるんです。


蛇足ですが、私には女性性を神聖視しているところがあるので、女性が女性として登場する場合はだいたい女神枠か母親枠です。少年性よりも自由で恐ろしい少女性×身体的・属性的な創造力という女性だけの独自要素を活かそうと思うと、神様になってしまうんですね……。



『星を待つひと』英訳版はこちら:『Final Days of Summer』(Locksleyu様)



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